それでも生きるあなたへ

両手を挙げて飛び上がろうとしているお年寄りの銅像

お年寄りとして生きるということ

講師も変わり授業も新たなフェーズへ突入していった。今まではWebサイトという家を建築するHTMLという言語と、外壁塗装を請け負うCSSという言語を学んでいたがこれからはJavascriptとPHPという言語を学んでいくそうだ。JavascriptとはHTMLとCSSで建てられた家の外壁にデジタル時計を設置したり東京都庁のプロジェクションマッピングのような映像を投映できたりする、要するにシャレオツな俺んちドヤ?と貧乏人に対してマウントがとれる言語である。PHPとはその家で商売やろうとする場合、Webサイトから入った席の予約や注文を空席状況・在庫状況と照合して勝手に承ってくれたり在庫切れですスンマセン言ってくれたりする、365日24時間無給で働いてくれるナイスガイである。それらをこれから学んでいきましょうという時、20代女子がわからなさそうにしていたので最初のとっかかりを見失っては大変なことになると微力ではあるが知っていることを教えてあげることにした。

ちょっとわからないです(笑)

今やってるのはこういう言語で、こういう役割があるよ、この言語を使うことでこういうことができるよと、ほんと最初の部分だけだけど彼女が迷子にならないように解説した。講師に聞けば良いのだがその子はとにかくやる気がないらしく知らないこともほったらかしだったのでせめて置いて行かれないようにと思っての助言だった。だってその子がわからないとどうせ俺のところに第三者を通じて聞いてくるんだもの。その子は20代前半の若い子で、「アダス、地元じゃブイブイいわせてたギャルでごわす!」という感じの、なんかそういうのに憧れてる感がにじみ出てる田舎の純朴なオカッパ少女だった。正確には最初は黒髪ロングで、その次は髪先だけ金髪に脱色したが最終的に髪をバッサリ切ってオカッパになった。女社会では朝イチ2秒以内に髪型の変化に気づき褒めることができない者は牢屋に入れられると聞いたことがあるが、オカッパデビューしたその子も全女子から「思い切ったね!でも似合ってるね!」とか「軽い感じになってお洒落だね!」とか言われて「フフン!!」となっていた。俺は(貞子が髪先だけ溶岩に浸かったのか汚いバッサバサの金髪になったと思ったら今度はちびまる子ちゃんになった…)と思っていた。そして彼女は「ギャル服に憧れて地元の婦人服屋さんでモフモフしたやつ買ったら早朝犬の散歩してるおばあちゃんみたいになりました」的な変な服を着ていた。顔がとにかく地味で申し訳程度に小さい目が2つ付いているのだが、ギャル憧れから目を大きく見せよう大きく見せようとアイラインをまぶたのだいぶ上の方に引いていたため横から見ると眉毛が二層構造のような、寝てるのをバレたくない人がまぶたの上にマジックで目玉を書いてるようになっていた。それでも本人は「フフン…あんたみたいなお年寄りにはこのセンスはわからいでしょうけど、これが最新のギャルファッションよ!」クワッ!とかましてくるので、俺、そのギャルという概念が生まれたバリバリのコギャルガングロヤマンバ世代なんですけどと思ったが田舎娘の精一杯の背伸びをあたたかく見守ることにした。オカッパちゃんは教えてもらったことは聞くものの、雑談を交えると「ちょっとわからないです(笑)」を連発して会話を終わらせよう終わらせようとしていた。年寄りと仲良くなる気はありませんよ、というオーラを全開で放っていた。そういえばずっとこの教室で感じていた違和感があったが、どうやら俺はお年寄りとして扱われているようだ。誰も喋らないのは窮屈だし様々な人生経験を持つ人と交流するチャンスじゃんと思っていろいろな人に話しかけていた時期があったがあまりに暖簾に腕押しでやめてしまった。そうか俺がお年寄りだから仲良くなりたくなかったのか。グループワークの時も俺なら年長者に一番大変な役回りさせないけどなと思っていたけどなるほどなるほどそういうことか。

立つ鳥後ろ足で泥をかける

「ッタァーーン!」とエンターキーを叩きつける奴がいた。30代半ばの男。名をッタァーンカーメンとしよう。彼はWeb制作の経験があり、授業より先んじて参考書を見ながら独自の制作を続けていた。「カチャカチャッ!カチャカチャカチャカチャ!」ととにかくタイピングの音がうるさい上に「ッタァーーン!」である。マジでうるせぇ。オフィスにこういう奴がいると嫌われるよね教科書の1ページ目に載っている人種である。オフィスで働いたことないんだろうな。あるなら誰かからクレームを受けて修正してるはずだ。それくらいタイピングがうるさい奴は嫌われるし迷惑。そもそもそれだけ大きな音を出しても気にしない奴は無神経で他人に対する配慮も無いので付き合っても良いことない。これはタイピング占いの不動の真理として日本政府が認定し教育機関で子供たちに教えていただきたい。そんなッタァーンカーメンは、訓練校修了日の1ヶ月前に就職が決まり早期卒業していくのだが、彼がお世話になったみんなに残した最後の言葉はこうだ。

「今やっている授業内容も難しいとは思いますが、皆さん腐らず頑張ってください。笑」

え?みんなができていないこと前提?その上から目線なに?てかどんだけこの教室上から目線野郎が多いの?お前こそそのうるさいタイピングと謎の上から目線で確実に職場のみんなから嫌われるだろうけど頑張れよ。そして俺はキミからの相談に乗ったり電車トラブルで帰りの足がない時に助けたりしたけど就職決まった話も知らなかったしお世話になりましたの一言もなく去っていくのね。まぁ間違いなくそういう奴だと思っていたので驚きはしなかったが。

ありがとうッタァーンカーメン。キミがいなくなった後の教室はとても静かで快適になりました。

自分にその番が回ってきただけ

オカッパちゃんやッタァーンカーメンや同じ班のみんなからなんとなく感じてた疎外感そしてナメられてる感。

「いや、お年寄りとなんか仲良くならんでいいし聞きたい話なんてない。」

これだ。何を話しても糠に釘を打っているような感覚があったがそういえば自分が20代の頃に見たぞこの光景。40代50代の人間に対し勝手にお年寄り認定して上から目線で話す若者がいたわそういえば。俺はむしろ真逆で無知な若者に何の価値が?と思っていたし年齢が上の人間ほど経験を積んでいるので学ぶべきことはたくさんあるしそこから知恵を得たい若者だった。だから彼らからいろんな話をしてもらったし遊びも教えてもらったしそれを自分の仕事や人生に活かしていった。そうだ、今思い出したがそういえば「俺みたいな年寄りに話しかけてくれてありがとう。」と言われたことあったわ。「なんでそんな卑屈なんですか。お礼を言うのはこっちですよ。」と答えたけどそういうことだったのか。俺は35歳で保険業界に入っているから、年寄り扱いされることなくそこから10年ベテラン保険マンとして働いた。そして45歳になったおじさんが訓練校にやってきた時、俺のことを知らん人達から年寄り扱いされナメられているということか。なるほど完全に理解したし辻褄が合う。あの時寂しそうに隅っこで座っていたおっちゃんの番が俺に回ってきたのか。45歳とはそういう歳なんだな。

謎が解けてスッキリした。怒りも落ち込みもしなかった。あえて「こちとらナメられたら免許が失効するなめ猫世代…愛徳にケンカ売ってんのかてめーら!」と激高してみせてもよかったが平成生まれにとっては何を言われているのか1mmも理解できないだろうからやめた。俺は昔から「年寄りだから」という理由だけで人を見くびり、侮り、ナメて上から目線で若さを振りかざす単細胞は嫌いだったし、そんな頭が悪い元・若者がだいたいどんな未来に行き着くか知っている。逆に年長者を頼り、敬いかわいがられてきたタイプで失敗してる奴はいないのでそういう生き方を参考にすべきだ。

「年寄りと話すことなんてない。だって若い私たちが主役だし!」

そんなアホに会ったのは久しぶりだったし、それがクラスメイトの大半を占めていたし、それが20代30代の男女だったし、全員が漏れなく未婚者であったということは人生の統計学としてここに記しておこう。

結婚するのが偉いと思ったことは無いが、あぁそうかそういえばこいつ結婚してないんだったそりゃそうかとこれほど思ったこともない。ちなみに既婚者の奥様方はきちんと受け答えができ、わからないことは頭を下げて聞きにくる素晴らしい人達でした。素晴らしいというか、それが人として普通のことなんだけども。

今のままだと彼らはこの先もきっと誰からも必要とされないだろう。そして年寄りになった時に感じるのだ、なぜ自分がこんなに軽んじられるのかと。若さによる無意味なマウントをとっていた人々が順当に座る、若さによる無意味なマウントをとられる椅子。そこに座ったとき彼らは為す術なく急激に年老いていく。なぜなら横柄なキミたちに話しかけてくれる若者は皆無だからだ。俺は「これか20年前に見たやつ!」と思ったが当時から反対側の人間だったので「じゃあ無視していいや。」と鼻歌交じりに方向転換して彼らと関わらないことを選んだが彼らは気づかないだろう、その先にどんな未来が待っているのかを。深淵を覗くとき、深淵もまたこちらを覗いているのだ。彼らを良い反面教師として、間違っても年齢などという無根拠なもので人を不当に計る愚かなオタンチンにならぬよう、襟を正しこれからの激動の令和を生き抜こうと決めた。

かといって出会い系サイトで会った還暦のキャバ嬢のことを許したわけではない。