それでも生きるあなたへ

無数のくまモン

デスクトップの乱れは心の乱れ

代理店に移籍し初めてのお客さんたちに御挨拶回り。幸い退職される役員さんが人徳者であられたのでお客さんも皆良い人で順調にこなしていけた。保険業界に伝わる言葉で『顧客は募集人に似る』という言葉があるがほんとその通りで皆さん素晴らしい人ばかりだった。「募集人」というのは保険を契約したい人を募集する、平たく言えば「保険の販売者」のことである。保険代理店や保険の営業マンがこれに当たる。皆さん役員さんの退職を惜しまれていたが、彼が「次の担当者は知識も経験も申し分ないのでどうかご安心ください」と俺を売り込んでくれたので「役員さんがそうおっしゃるなら」と皆さん快く引き継ぎを了承してくださった。ありがたい限り。しっかりと後につなげていただき感謝している。今後はその言葉を無にせぬよう仕事で示していくのみだ。

受けるとしんどい「計られる目」

ご新規さんというのはやはり疲れる。今まで勝手知ったる馴染みのお客さんたちとは気軽に冗談を交えいろんなことを話していたが、はじめましてのお客さんはやはり皆どこか計るというか、営業マンに対し(任せて大丈夫か?)という目で見てくる。当然だ、やっていたのは法人営業。お客さんのほとんどは企業の社長さんなのである。保険マンの腕に、万が一の時の社運が懸かっていると言っても全然大袈裟ではない。昨日までベテランさんだったのに今日からまた新人のように厳しい目で見られるのはなかなかにしんどかった。それでもやると言った以上は前任者以上のことをして社長にもお客さんにも、そして退職していく役員さんのためにも安心してもらわなくてはならない。こう見えて意外と責任感が強く仕事には厳しいので気の抜けない日々が始まった。誰がこう見えてや。

紙を捨てられない大人たち

御挨拶回りも終わり役員さんも退職。駆け足での引き継ぎとなったがやるしかない。残された資料や契約書を見てその会社がどのようなニーズでどのような保険に加入しているのか全て把握し、新たなリスクを想定し顧客に満足していただけるプランを提案しなければならない。が、書類がどこにあるのかわからない。これは経験則だが、営業マンには2タイプいて片方は無駄な書類は一切持たずデスクや引き出しも整理整頓するタイプ。もう片方は書類を一切処分せず全て溜め込みデスクも引き出しも物で一杯のタイプ。俺は前者で役員さんは後者だった。後者はよく書類が迷子になるので、その都度整理整頓を心がけるように言うと彼らは必ずこう言い返してくる。

「だってどの書類もいつか使うかもしれないじゃん。」

いや使わねぇから。使わねぇからこんだけ溜まりまくってどこになんの書類があるのかわからなくなるんでしょうが。保険会社員時代にも全く同じタイプの小山先輩(仮名)という人がいたが、ゴッチャゴチャのキャビネットを漁りながらよく「あれ?あの書類どこだっけ?知らない?ねぇ知らない?」と聞いてくるので「先輩のキャビネの中のこと俺が知るわけないでしょうが!捨てなさい!いらん書類は!」とよく叱っていた。そうすると彼はいつも「デヘヘ。」と笑っていた。説教が効いたのかある日先輩が珍しく書類を整理していたが、そしたらそしたで間違えて契約書をシュレッダーにかけて悲鳴を上げていた。圧倒的に書類仕事に向いてないのだろう。ちなみに彼はたまに仕事に出かけると必ずデカい契約を取ってくる天才営業マンである。

仕事をするための仕事

デスクトップにひしめき合う謎のフォルダとExcelファイル。見たことあるぞ、小山先輩のやつと同じだ。間違いなく二人は同じ人種だ。書類もフォルダもおそらく20年分溜まっている。そういや営業マンとしてのスタンスも似てるな二人とも。あまり難しいことは話さず人柄と世間話だけで仕事を取ってくるところが似ている。やはりなんかこう人間の型みたいなのがあるのかもしれない。そしてできればこの型の人の後任はやりたくない。何をやるにも書類を発掘するところから。パンパンになったバインダーを開いてあれでもないこれでもないとドラえもんのようにそこら中に書類をブチまけた。不要なお知らせ、不要な過去見積もり、不要な大昔の新商品のチラシ、そして白紙に書かれた謎の「娘さん、200万」というダイイングメッセージのような走り書き。

「物売るってレベルじゃねぇぞ!!!」

私は怒髪天を突きまずはこの有象無象の書類を処分することに決めた。20年分である。キャビネットの中にエジプト王の供物かというくらいパンパンに入っている。その1枚1枚を精査し必要な書類のみ保管し残りは破棄する。気の遠くなる作業だ。だがこれをやらなくてはそもそも仕事にならない。ていうか普通お仕事って整頓された状態からスタートじゃねぇのかよ。保険業というのは特殊で同じ会社内でもそのお客さんのことはその担当者しか知らない。顧客は募集人個人としか面識が無いなんて当たり前。よって社長に役員さんのお客さんのことを聞いても全く知らないのである。ならばもう仕事を引き継いだ俺がやるしかないではないか。よっしゃやってやるよ。幸い俺は書類管理できる側の人間だからな。小山先輩とは違うのだよ小山先輩とは!

それから毎日午前様まで書類を整理し毎回パンパンのゴミ袋が3つずつできた。あまりに裁断する紙が多いためシュレッダーがしょっちゅうオーバーヒートを起こし冷えるまで10分ほど止まる。書類の整理以外やることがないので真夜中の事務所で一人ボーッとする。シュレッダーが復活したら書類を裁断する。止まる。ボーッとする。復活する。止まる。ボーッとする。復活する。止まる。早く冷めるようウチワで扇ぐ。復活する。止まる。パタパタ扇ぐ。復活する。止まる。パタパタ扇ぐ。復活する。止まる。パタパタあお…

「うなぎ屋か!!!」

一人絶叫しウチワを投げ捨てる。

やはり富士山に行っときゃよかった。だって富士山はオーバーヒートしないもの。
…いや、今してんのか。